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須山 純さん(51歳)・美樹さん(49歳)
移住時期/2002年4月
どこから/純さん(大阪府)・美樹さん(兵庫県)
2001年10月 下見
2002年 4月 移住
2008年~ 自宅を新築
純さん「2001年10月に一人で移住先を探しに四国をまわっていました。どこか良い川のそばで暮らしたくて……良い川っていうのは、海と山とがつながっていて、川の文化があるところ」
美樹さん「私はその頃、1歳の娘が生まれたばかりで一緒には行けなかったんですが、サーフィンで生見(東洋町)や宍喰(徳島県)には行ってましたし、梼原町に友人がいて、以前から高知にはよく遊びに行ってました」
純さん「西土佐村(現在は合併して四万十市西土佐)に滞在していた時に、友達の友達伝いで紹介してもらった人に会いに行ったら、たまたまそこへ地元の世話焼きのおんちゃんから電話がかかってきて、その人が『西土佐に来る気があるなら世話しちゃるぞ』って、家まで見つけてきてくれました。
目黒川という四万十川の支流沿いの地域です。自分の思う『良い川』がありました。
正直なところ、こんなに早く見つかるとは思ってなかったです」
須山さん夫妻
純さん「翌年には用意してもらった家に引っ越しました。移住という意識は特になくて、引っ越しの感覚です。
7年後には700坪の土地を買って、友人の設計士にも手伝ってもらい、家を建て始めました。何でも自分でやるのが基本ですが、大工さんたちにも相談したら楽しんでくれて、基礎や木材加工、骨組みなどはお願いしました。棟上げの時には地域の人を呼んで餅まきもしましたね。
家を作る時、こだわったのは多くの人が集まる場所にしたい、ということ。友人を90人くらい招待して “おきゃく”をしたり、ミュージシャンを呼んでライブをしたり、そこは実現しています」
美樹さん「ヤギや犬、猫、鶏など常に生き物を飼っているので旅行には行けないけど、毎日生活で忙しいです。夫は区長もやりましたし、近所の人たちとの飲み会は多いですね(笑)
今はオンラインで海外の友人とも気軽につながれて、実際には行けなくても、海外旅行しているみたいな気分が味わえていいですよ」
多くの人が集まるお家 リトリートナビゲーターも務める美樹さん
美樹さん「子供が小さい頃は、夏になると同じ子育て中の友人たちが関西から家族で遊びに来て、よく川遊びを一緒にしてました。
今は統廃合されてしまいましたが、小学校は当時、生徒数7人という小規模で、それが本当にのびのびと過ごさせてくれて、とてもよかったです。人が少ないので、運動会では親の出る競技があったりして楽しかったですね。
中学校に上がると車での送り迎えが必要で、親は大変ですが、車の中で子供たちといろんな話ができて、振り返ると濃密な時間でした。
子供も自分で20kmくらい離れた友達の家に自転車で遊びに行ったりと、たくましいですよ。
子供たちは今21歳と19歳でそれぞれ家を出て暮らしています」
日々は忙しいが、ゆったりとした空気が流れている
純さん「10年後くらいに、2~3年ヨーロッパの田舎に住んでみたいです。日本とは違う自然との付き合い方のアプローチをしているので、日本の中山間地域にフィードバックできることがあると思います」
美樹さん「移住前にランドスケープデザインの仕事をしていた頃にイギリスの田舎を訪ねたら、とても美しい景観が広がっていました。イギリスでは歳をとって引退したら田舎に住むのがステータスなので、未来を見据えてちゃんと手入れをされてるんです。そういうところが参考になるんじゃないかな。
私はポルトガルやスペインの海の近くにも住んでみたいですね」
純さん「今の日本の田舎には10年後のビジョンがない。集落から人が減っていくとしても、明るい未来をもっていないと楽しくないです」
純さん「人が生きてゆくにあたって、プラスになることが田舎にはあります。
まずは、自分の手の届く範囲からできることをやって幸せに生きていくこと。そこから世の中も変わっていくと思っています。
田舎は自分の手の届く範囲が広いので、可能性はありますよ」
美樹さん「子育てするには最高の環境だと思います。まずはリトリートで来てみてほしいですね」