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人権コラム(令和5年6月号広報掲載)

更新日:2023年5月25日更新 印刷ページ表示

~序列~

 序列。うちの家族にはないが、風呂にはいる順番くらいはある。寝るまでにやることが多い方が最初にはいる。あとはそれぞれ適当にはいるが、テレビを見て寝るだけでグータラしていると最後になってしまう。
 けれど、家族の一員たる猫には序列があるらしい。彼は母や妻には自分から話しかけるが、私にはご飯が欲しいとき以外話しかけてこない。「自分のテリトリー」では、非常に態度が大きい。これが人間だったら「相手を見て態度を変える」という差別的行動にあたるだろうが、そのことで猫を訴えるつもりはない。相手によって行動を変えるのは、本能がそうさせているだけである。生きていくための最良の判断なのだ。結果、猫は私を「差別してない」のである。人はどうか。私たちは相手を言葉で傷つけたとき、それが一番いい方法だと思っているか。思ってはいないだろう。だから結果、差別なのだ。
 私たちは「分かっていながら」または「知らず知らずに」差別する。分かっていながら差別するのは悪いことのように思うが、そうではない。まだマシなだけなのだ。知らずに差別するということは、人を傷つけている自覚がないから、これからも差別する。
だから自分を知る、相手を思いやる、こんな単純な言葉が今は身に染みる。



                           四万十市人権教育・啓発講師 光内真也