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母(令和8年8月号掲載人権コラム)

更新日:2026年7月29日更新 印刷ページ表示

~母~

 昔、5円で10枚買える塩せんべいが欲しくて、母におねだりした。「5円ちょうだい。」と一日中言い続けた。旧式ミシンを足で踏みながら、母は終始無言だった。今から60年以上も前だが、5円はそれほど高額ではなかったと思う。それでも母はそれをくれることはなかった。母の足にかきついて、仕事を中断させ「なぜ5円くらいくれんの?」と私は怒った。泣いたら何とかなるかもと、ウソ泣きもした。そのうち、本当に悲しくなって大声で泣いた。それでも母は無言のままミシンを踏み続けた。そんなことを今日、母の葬儀で思い出した。

 子どもに5円をやる余裕が、我が家には本当になかったということを大きくなってから知った。けれど私はそのことで、母にあやまることはなかった。

 今、親孝行ができたかと自問するが、むろんそんなことあるわけがない。母は「それでいい。」と言ったが、私はこの自己嫌悪と一生付き合う覚悟をしている。

 おかげで、私の人権に対する思いは、「本物の優しさとは無償のものである」ことを思い知らされたところから始まる。

 今ならわかる。あの日、本当に泣きたかったのは母のほうだったと。

                         四万十市人権教育・啓発講師 光内真也