2月26日(土)、四万十会館(高岡郡四万十町)で、「四万十川流域の文化的景観 5市町連携シンポジウム」が開催され、四万十市、四万十町、梼原町、津野町、中土佐町ほかから約400人が参加しました。

 四万十川流域の景観は2009年2月に国の重要文化的景観としての選定を受けました。このシンポジウムは人と自然が紡いできたこの景観を、流域に住む人々が今一度見つめなおし、そこから広がる流域の新たな可能性を考えるため、そしてその景観を未来へつなげていくことを目指して開催されました。


 はじめに流域市町で構成する四万十川総合保全機構会長の田中全四万十市長からあいさつがあり、その後基調講演として中越信和さん(広島大学大学院教授)、森正美さん(京都文教大学准教授)、川上茂次さん(根獅子集落機能再編協議会事務局長)からの発表がありました。


 世界におけるまちと自然とのかかわりの事例を交えて、四万十川流域の景観とそこで暮らす人々との関係について説明しました。そのなかでも特に沈下橋については、自然を抑制せず受け入れて共に生きていこうという姿勢の表れであると高く評価されました。日本最後の清流である四万十川の文化的景観の重層的な発展のために、流域の5市町が協力していかなければならないと発表しました。

 京都府宇治市の文化的景観とそこで暮らす人々の日常生活との関わり合いのほか、その地域資源を再発見して、経済活動につなげていく地域の連携活動の事例を紹介し、その活動をとおして様々な立場や世代の人々がつながりを深めて、まちづくりを後世に伝えていくことの重要性について発表しました。

 長崎県平戸市根獅子(ねしこ)町における事例を中心に、文化的景観を守っていくにあたって行政が果たすべき役割について発表しました。過疎化が進む根獅子町において、交通の便などについてのデメリットをメリットとしてとらえて、まちづくりにかかわる住民主体の取り組みを紹介したほか、行政からは、文化的景観の本質的な価値を守り、活かしていくことの難しさなどが課題として提起されていると述べました。

 その後、5市町それぞれの地域の取り組み事例が発表されました。四万十市からは、「わたしたちの町歩き地図作製」と題して、下田小学校と口屋内小学校の児童たちからの発表がありました。実際に子どもたちが町を歩いて情報を収集し、デザインを含めてマップを作製していくという過程のなかで、地域の良さを再発見し、文化的景観としてその良さを外部に発信していく重要性について発表しました。

 
演題
発表者
津野町
「津野町の文化的景観について」
市川二三、田中勝幸(NPOさわやか津野)
梼原町
「地域資源を活かした住民活動について」
下元廣幸(梼原町文化的景観保存計画策定委員)
中土佐町
「四万十と漁師町、中土佐町の取組」
下元道夫(中土佐町水産商工課長)
四万十町 
「四万十町の文化的景観について」
西森初美(NPO法人四万十WORKS)

コーディネーター:井上典子(文化庁記念物課文化的景観部門調査官)
パネラー:中越信和、森正美、川上茂次、
松田鎮昭(NPO法人段畑を守ろう会理事長)、田中全

 最後に井上典子文化庁調査官をコーディネーターとしたパネルディスカッションが行われました。まず、松田鎮昭さんから愛媛県宇和島市遊子地域に古くからある「段畑」(段々畑)を文化的景観として後世に引き継いでいくことと、そのために地域を活性化させることを目的とした取り組み事例の紹介がありました。
 その後、各パネラーより、5市町がおかれている問題をふまえて、文化的景観を利活用していくにあたっての課題点等が提起されました。文化的景観を守っていくためには、何よりそこに人が存在することが大前提であるが、文化や自然だけではそこで暮らす人々の生活を成り立たせることは困難であり、行政はいかにしてコミュニティーを維持していくかについて尽力しなければならないといったことや、文化的景観とはその地で生活している人々にとってはあまり意識をしないものであり、外部からの客観的な視点も必要であるということや、行政機関だけでなく、若者や住民主体の目線をふまえた取り組みが必要であるなどの活発な意見交換が行われました。

 今回のシンポジウムは5市町にとって、四万十川とともに先人から受け継いだ景観・文化を後世に活かしていくことの重要性を改めて認識する機会となった一日でした。

 当日販売されたお弁当(写真は三種類あるうちのひとつ、農家レストラン「しゃえんじり」製)。ツガニご飯や鹿肉のメンチカツ、川エビ、アメゴなど、四万十川流域の食材がふんだんに使われていました。

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