幾何学的な造形を見せるこの物体、巨大オブジェなどではなく、皆さんよくご存知の「消波ブロック(注)」です。
 消波ブロックと一口に言っても様々な大きさのものがありますが、写真のものはかなり大きく、高さは優に2mを超えています。
 普段近くで見る事がないので、近寄ってみるとその大きさに驚かされます。
撮影:2005/5/25


 この大きな消波ブロック、少し離れると左の写真のように、沢山綺麗に並んでいます。写真では分かりにくいですが、1列目の後にも並んでいます。

 今回はこの消波ブロックの紹介をしているわけではなく、このブロックが置かれている場所を紹介しようと思います。

 この写真で場所が分かる方は少ないと思いますが、どうでしょうか。

 左の写真で場所が分かった方が多いのではと思います。
 そう、 ここは下田の海岸です。

 写真奥に見える岬(西道ヶ崎)と、手前から繋がる消波ブロックの先の砂浜との間が、四万十川の河口です。(写真では全く見えません。)

 この場所が現在の姿になったのは、実はつい最近のことです。


 左は2001/9/11に撮影した同じ場所の写真です。
 この時点では現在の様に消波ブロックは置かれていません。

 この頃から起こり始めた「ある現象」の為に、下田の海岸は現在の姿になりました。
 次の写真は左の写真と同じ日に反対方向を写したものですが、そこに「ある現象」の爪痕が写っています。

 撮影の前日2001/9/10の高波は、この防波堤を越え、その先の水戸地区に浸水の被害をもたらし、そしてその波は、写真の様に下田の海岸にも大きな被害を与えました。

 写真をクリックすると拡大写真がご覧いただけます。拡大写真を見ると人が写っているのが分かると思いますが、どれだけの規模のものが破壊されたのか実感できると思います。

 「ある現象」とはこの高波のことで、これ以降何度か防波堤を越えるほどの高波が起こっています。


 この写真は2002/7/15に撮影したものです。

 2001年の最初の護岸の崩壊以降、数回に亘って崩壊が起こっているため、その箇所は広がっています。

 崩壊した部分に、砂浜が姿をあらわしています。この砂は復旧作業の為に、沖に入れたものが海岸に堆積したものだそうで、自然の状態と言えるものではないようです。


 写真は元に戻って、2005/5/25の下田の海岸です。
 上の2枚の写真とほぼ同じ場所ですが、高知県による復旧作業により、階段状の護岸が復元されています。

 もう立ち入りを制限するロープもありませんので、冒頭で登場した消波ブロックの側まで近寄ることもできます。


 上の写真の奥にある岬(道崎)にある展望台から下田の海岸を写した写真です。護岸の復旧は終わっているようですが、海岸では今も工事が進められています。

 海岸の駐車場には下の写真の看板が設置されています。
 これからこの海岸は、この絵のように変わっていく予定で、そのための工事が進められています。

 高知県中村土木事務所のHPにはライブカメラの映像があります。

 下田の海岸は数年の間に刻々と姿を変えていきます。一度出掛けて今の姿を見ておくのもいいのではないでしょうか。


注:この形の消波ブロックをよく「テトラポッド」と呼びますが、この名称は登録商標です。1949年にフランスで発明されたものだそうです。

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