広報しまんとコラム  令和3年6月号 

〜 コロナ禍の差別 〜

   子どものころ、作文が苦手だった。それは今も変わらないが、そんな自分がいま市の広報の大切な問題について書いている。長らく執筆してくださった山本衞先生のファンの一人に過ぎなかった私が、と思うとつくづく人生の不思議を感じる。
 いま人は新型コロナと無関係ではいられない時代を生きている。テレビではコロナによる新たな差別も多く報告されている。国を挙げて差別の解消につとめているが、人々の心に潜む差別はそう簡単にはなくならないようだ。陰性の時は加害者にもなるが、陽性になったとたん被害者になる。それでもなお多くの人にとって差別は他人ごとなのである。「自分は差別しない」ので関係ないと思っている。私も心のどこかに同じ思いを持っている。若者がマスクをせず、密になり大騒ぎしている姿を見て、良い気がしない。陽性者が増えてくると、そのことを思い出し、若者に責任を押し付けようとする。実はこの心こそが差別なのだ。どんな状況であってもコロナ患者は「回復を願われるべき被害者」なのである。 世の中の差別を見抜くことは難しい。自分の中の差別に気づくことはもっと難しい。
 
   四万十市人権教育・啓発講師 光内 真也  

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