広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成30年3月号 

★人権さまざま★ 155

   人類はアフリカの山中で2〜300万年前に進化しました。

 その場所から新天地をめざしある者は北に向かい、ある者は西へ、南へと移動をしていきました。中でも東に向かった一群は温暖な気候の中で肌が黄色に変化しモンゴロイドと呼ばれ、アジア各地に広がっていきました。当時大陸と地続きだった日本列島は歩いての往来が可能で、衣食住の方法や道具なども伝来し文化も生まれました。

 石器や土器を使用し、歴史的には縄文時代と呼ばれています。言語も共通の伝達方法となり、日本語ができました。これが私達の祖先です。

 こうした変化・変遷の中にあって元もと居た者共を追いやったり、手なずけたりして共通の集落を形成していきました。

 混血や闘争を繰り返した長い歴史の中で、現在までも続いている人々の代表は、アイヌ人と呼ばれ琉球人と呼ばれて生き残っているともいわれています。列島の中の大集団からは、生活習慣やものの考え方、宗教などの違いから、差別と迫害をうけ、列島の北と南の端っこに追いやられ、それぞれ独自の文化を継承し今日まで続いています。

 ただし、この列島にいちばん最初に住み着いた者が誰であったかは今となっては不明です。

 学者たちにはその足跡を地道に研究している方々がいますので、いつかいずれ詳しく分かる日がくるものと思っています。

 伝来した生活様式、漁業や農業のやり方で、列島全体は著しく変化発展を繰り返しました。

 太古の日本人は、大自然を神として敬い、日常は狩猟や漁労、木の実を食べて、手にした獲物は神からの贈りものと考えていたといわれます。このご先祖達も、新しい農業(米作り)の方法が伝わると、貯蔵する技術や売り買いする経済活動が生まれ、その方法から脱落した者達は次第に追われていったのでした。こんな繰り返しの中から、貧富の差が生まれ、持てる者と持たざる者をも生み出していきました。今に至る差別や宗教の違い、諸々の人間社会の歪みを、この列島だけが知らぬ顔ではいられなかったのでした。

 このようなことからも、今後にあっても、老若男女、性差を乗り越えて助け合うことにこそ人類最大の意義があると思います。人権の確立こそが国の重要な規範だとする所以です。

 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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