大会には四万十市から久保田選手の応援のための有志を乗せた応援バスが駆けつけました。
応援バスは大会前日の24日午後9時に出発。25日早朝に大阪城公園に到着。到着すると、長時間の乗車にもかかわらず沿道にはさっそく、久保田選手ガンバレ!の横断幕が揚げられました。
スタートの様子はバスの中のTV中継で。時間が近づくにつれ、応援団もドキドキの緊張様子。
スタートの号砲に、車内では「がんばれー!」「行けー!」と久保田選手に届くような声援と拍手が送られました。
15キロ地点で待ち構えていた応援団は、ゼッケン43を付けた久保田選手を見つけると、「ミツルー!」「クボター!」「イケイケー!」と沿道に飛び出しそうな応援振り。声援が届いたのか少しだけ微笑んだように見えました。
あっという間に目の前を通り過ぎましたが、久保田選手のお母さんは心配そうに、その姿が見えなくなるまで見送っていました。
真夏の都会という悪条件下で行われたレースは、世界各国の代表選手ですら87人中、30人が棄権するという過酷なものとなりました。
そんな中、久保田選手は56位で完走。タイムは2時間59分40秒という結果を残しました。
レースから5日後の8月30日(木)、久保田選手は四万十市役所を訪れてくれました。
レースについて尋ねると、「レース展開は、一位が2時間10分代とイメージどおりでしたが、体調イメージどおりについてこなかった。」 とのことでした。
詳しく話を聞くと、胃の中に水が溜まってしまい思うように水分の発散ができないといった状態だったらしく、これはランナーにとってとても危険な状態なのだそうです。
実際そのとき沿道の他選手の監督からは「選手生命に係わるから棄権すべきだ。」とのアドバイスもあったそうです。
しかし久保田選手は棄権することなく走りつづけました。
「日の丸を背負い、応援してくれる人を思うととても棄権はできなかった。完走できたのは皆さんのおかげです。」とそのときの心境を語ってくれました。
久保田選手は56位という結果でしたが、他の選手の活躍で男子マラソンで日本は団体金メダルを獲得しました。今回はその金メダルも披露してくれました。
久保田選手からは、 「応援ありがとうございます。今回は応援に応えることができませんでしたが、また来年の3月にある、びわ湖毎日マラソンに向けてがんばります。」とお礼と豊富が語られ、そしてなんと、世界陸上大阪大会で着用したユニホームを記念にと市に寄贈してくれました。
久保田選手は25歳。これからの活躍にも目が離せません。応援しています。
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