広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成30年1月号 

★人権さまざま★ 153

   自給自足のヒマラヤの辺境ラダック社会では自分たちは貧しい人間の集まりなのだとは誰も思う人はいませんでした。
 
 文化的にはチベット、政治的にはインドのジャンムー・カシミール州に属していて、中国やパキスタンと接していますが、今でも国境が確定していません。中心の町レーの高度は3600メートル。周囲を取り囲む峠は5000メートルを優に超えています。
 
 この厳しい自然環境で、人々は意外なほど豊かに暮らしています。ヒマラヤからの雪解け水は砂漠のように乾燥したこの地域に、夏の間の比較的安定した農の営みを可能にします。
 
 兄弟で一人の妻を共有する一妻多夫制度は、相続における農地の分割を防ぎ、一家で一人は僧侶として独身のまま寺に住むという慣習は、人口を一定に保つことにも貢献してきました。宗教的関心も高く、近所に何か問題があれば自分たちで解決する仕組みもありました。互いに支え合い、人だけでなく生きとし生けるもの全てに叡智を発揮しながら暮らしてきました。
 
 しかし、このラダックにも1975年から、近代化とか発展とかいう波が押し寄せてきました。ラダックの長官がまず取り組んだのは人々にまず欲望を抱かせることでした。利益を追いかけること、自分らは貧しい社会の人間だということを、学校などで徹底的に指導したちまち貧しさを覚え込んでいきました。貧困を知りホームレスが生まれ、次第に格差がうまれました。年代別の考え方の差や劣等感、惨めさを知りました。
 
 実はこうしたことが世界中に起きてきました。1949年アメリカ大統領トルーマンが、「発展した国」と「発展してない国」に世界を分類しました。欧米をモデルに発展させるという考えが世界を席巻し始めました。
 
 明治時代に日本を訪れた外国人は、日本のスローな豊かさと美しさに驚嘆したといわれます。しかし今では何を失ったかさえわからなくなっています。
 
 われわれは発展進歩の課程でいつの間にか何者かに憑かれたまま生きてしまっている現代だと思います。もう一度、貧しさとは何か、ほんとうの豊かさとは何かを民族を上げて追求しなければならない時代に来ています。隣人と語り合い、知恵を出し合って、互いに考え合う時代を目指そうではありませんか。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

▲ Back
Copyright Shimanto-City Office All Rights Reserved