広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成29年9月号 

★人権さまざま★ 149

   子育ての頃の私は、山村の小さな複式校が職場でした。転勤希望も出さず、ひたすら何をどう教えるかに腐心しましたが、結局、教育は「ひとりひとり」に見合う方法こそが肝心ではないかと考えるにいたりました。 それにしても、学年に応じた教科書の進度も無視するわけにはいきません。助けてくれたのは同じように複式校に勤務する同年代の教師仲間でした。

 放課後や勤務の合間に集まっては意見を述べ合いました。

 携帯電話もスマホもネットも知らない時代、道路も不便この上ない状況でしたが、ともかく頻繁に会うことで己を磨くしかありませんでした。燃えるような熱い血潮だけで生きてきたように思います。

 子どもは、学年ごとの特徴や特性があるのかを話題にしたこともありました。やはり一年異なるごとに、子どもも「違う」と結論しました。その頃の心のメモを今も大切にしています。

 一年生は、幼児から受け継いできた「なぜ?どうしたが?」を頻繁に連発します。しかしながら物事を少しずつ「自分で考え始める」ために、動作が鈍くなります。極論すれば生涯で最もスローになる時期ともいえそうでした。

 二〜三年生は「たいへんだ」とか「ものすごかった」と大仰につけ加えての話が特徴です。

 四〜五年生は「まかしてや」といいます。何かの役に立ちたい思いに漲っていました。

 六年生〜中学生にかけては「ほんまか?」に変わります。相手や大人が余り信用できない傾向です。そして「もうおとなやもん」と訴える度合いが顕れて少しずつ大人に近づきます。

 私達はこんな事柄をとことん大事に実践しようと話し合いました。今ではもうほとんど逢うこともなくなった仲間達ですが、まだどこかで、燃える思いをお持ちでしょうか。

 私は山の村を出てしまいました。進んでの転勤希望ではなく、「ゆりかごから墓場まで」の分野を担当することになり、学校からも離れました。生涯学習担当でしたが、余り戸惑うこともなかったのは、山村での同志の方々との交歓が役に立ったと信じています。

 人生は全て複式教育です。一人一人の経歴や欲求を吸い上げてこそ、社会や教育は進展していくものと思っています。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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