広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成29年8月号 

★人権さまざま★ 148

   妻の実家(十和)を訪れたとき、一人の男の子に巡り会いました。右手親指を折り曲げ4歳と教えてくれましたが、見た目は2歳半ぐらい、仕草も言動も幼なさそのもの。そのくせ、ひらがな、カタカナの読み書きができていました。あどけなさが可愛らしく私は彼と半日遊びました。夕方帰るというとボクもいきたいといいます。半分冗談のつもりで、わが家に連れ帰りその後一年近く共に暮らしました。娘二人が成長して家を出ていたせいもあって、我々夫婦は本気でわが子にするつもりにさえなっていました。

 それは大変でもありました。カミオムツも無い時代、昼間は涎で全身を濡らし、夜はオネショで水浸し。それを撫でて摩って本物の親になろうとしたものでした。春夏が過ぎ歳末近く、東京で公務員のパパが会いに来ました。(ママはこの子を生むと程なく白血病で天国に旅立ち、この子はパパの老親に預けられ丸三カ年経っていました)。

 一通りの挨拶が終わるとパパは軽い気持で「帰るか」というと何の躊躇いも無く「かえる」と応えました。(まさか)と訝しむ我々夫婦に明るい笑顔で「バイバイ」と手を振ると後を振り返ることもなく去っていきました。来春は保育園にも入れよう、剣道もやらせようと、知人に頼んでもいたのでしたが、小鳥を飛ばしたような気分で、あっけにとられた二人がポツンと残されてしまいました。

 私は(他人の子を育てるんじゃなかった)との後悔も含め、一冊の詩集『母と子のうた』を出版しました。以下の詩はその中の一篇です。(あとをとってもらおう とか、親孝行してもらおう、老後のたしになろう などと、ゆめゆめおもいはせぬ、地の涯に走ろうと、中空高く翔こうと、きみの好きにしろ、ただあまりにも愛しゅうて、抱きとめて、声ききたくて、その息にふれたくて、あかい血に濡れたくて、もう どうしようもなくて、むちゃくちゃで、めちゃめちゃに、つかまえて なでたくて、きょうも、一緒に暮らす)。

 夫婦して全体験や知識を結集しての子育てごっこでしたが、たとえ片親であっても本物には遠く及ばなかった苦い思い出の一齣です。若い親達よ、どうか全力であなたの子育てに邁進してくださいね。お願いです。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

▲ Back
Copyright Shimanto-City Office All Rights Reserved