広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成29年6月号 

★人権さまざま★ 146

   私は多くの詩人たちと交歓することを楽しみに老後を過ごしています。好きな詩人も多く、中でも茨木のり子作品には長いこと感動や生きる示唆を与えて戴きました。若い頃の「わたしが一番きれいだったとき」という作品は、半世紀が経った今でも、読み返すたびに感動いたします。日本が戦いに明け暮れていた頃、茨木さんは思春期のまっただ中、女性の身だしなみや化粧も出来ないまま敗戦となりました。悲しみや怒りの中でも健気に生き抜き「自立」していく姿をとても感動的な作品に謳いあげています。女性が自立し自律する姿を多く教えられました。数多く遺されている詩集の中『倚りかからず」が最期の作品となりました。高齢女性の生き様を凛とした言葉を駆使しながら、己を貫く人間のたたずまいに胸打たれます。夫君に先立たれ何年間か独りで過ごします。誰にも頼らず生きていく姿を「もたれ掛かるものは椅子の背もたれだけ」と言い切っています。まことに胸のすくような詩句に心からの讃辞を送りながらこんな詩集が私にもできないものかと読み返します。しかしながら私もほどなく茨木さんに追いつく歳になって、ふと待てよと考えました。(これでいいのか)と、茨木さんに初めて反論の詩を試みました。それが次の「倚りかかる」〈全文〉です。

「倚りかからず」と/謳いあげた/眩しい女性詩人がいた。
そんな潔さにはあまりにもほど遠く/よりかからずにはいられずおれは/生きてきた。
父に母に/妻に兄弟姉妹に/上司に下司に向こう三軒両隣に未だによりかかってばかりだ。
「倚りかかるとすればそれは椅子の背もたれだけ」と女性詩人は結ぶが/椅子の背もたれの方が/おれよりさきに弱ってきた/背もたれどころか/買い換える財力も/もはやない。
そのうえ永年使役に耐えてきた膝頭までも/けたたましく嗤い出した/そのたびに/全身を激痛がはしる/安易な思想や汚い政治にまでも/どっぷりと倚りかかり/もたれかかって/俗な世間を顰めっ面で生きている。

―茨木のり子の万分の一にも及ばない作品ですが、こんな人間もいるのだと分かってくださいますか。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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