広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成29年1月号 

★人権さまざま★ 141

   「いじめ」問題は殆ど書き尽くしたと思っていましたが今も全国で20万件もあるとの報道に私の考えを書いてみました。

 被害者も加害者も私には可哀相でなりません。世の中、すばらしいことが山ほどあるのに、いじめしか考えることができないとは残念としか言いようがありません。私の体験では、加害者、被害者の関係はいつか必ず逆転します。それを信じ知恵も働かせてたたかうことです。

 小学生の私はチビで「小マモ」とよばれ、年下のKは私に負ぶさり校庭を右に左にと走らせました。ある日、彼を負ぶったまま仰向けに反りかえり地面に倒れてやりました。ギュッと一声呻いたKは、二度と負ぶされなくなりました。(立派なやり方ではなかったと、この歳になっても反省はしていますが)。

 憧れの中学生になりました。戦時下で上下関係は厳しい時代。三年生のSからタバコを持ってこいといびられました。日用品は全て配給で、親父にも余分がある筈もなく、不足分は青松葉を揉んで乾燥させ紙巻きにして吸っていました。それをSに渡そうと考え、好きなH先生に相談しました。先生は私の持参した紙巻きに火をつけて吸ったあと、「これなら心配ない」といいました。私はSにそれを渡しました。後日、「わりゃHヤンに言うつろ」と言った後、私をいびらなくなりました。

 山村の小学校で五年女児が不登校になりました。明るい元気者だったので不審に思い担任に調べさせ、私も毎夜家庭訪問をしました。原因はこれまでその子がクラスを取り仕切り、横暴、専制に過ぎたことに、いじめられっ子たちが結束して、反逆した所為でした。給食の残飯やゴミを鞄に詰め込むなどで仇を討たれ、さしもの女王も不登校となりました。PTA総会を開き女王の両親を説き伏せるのに半年を費やしました。

 私は殆ど24時間勤務の状況を毎日文書にしたため上級機関に逐一報告しました。「これほどにせんでも」と鬱陶しがったのは報告文を受けとる側の人でした。たった一人の不登校生を救うにも、校長が火の玉にならねばとの確信があってのことでしたが……。全国のいじめ20万件にはどんな原因が隠されているのか知りたいと思うものです。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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