広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成28年5月号 

★人権さまざま★ 133

   私はテレビで野生動物の生態を見るのが楽しみです。何よりもその逞しい生き様に感動しますが、どの種の動物も、親が仔を守る姿には、いく度となく涙を流すことさえあります。

 高齢で涙腺がゆるくなった所為かも知れませんが、さしたる教養も学問も身につけているはずも無い野生の動物が、身を犠牲にしてまでもわが子を守る姿には、強い感動を覚えます。

 人はそれを、本能だ、と簡単に表現しますが、決して単純ではありません。なぜかというと、彼らの行為や行動は本能という言葉で片付けられないものがあるからです。幼いころ親から引き離され、人の手で育てられてしまった動物では、野生のまま大きくなった仲間と同じには発達が出来ないという番組も何回となくみてきました。動物園で何不自由なく育った象とかチンパンジーなど高度な頭脳を持つと言われるものたちでさえ、年頃になって恋もできず、生んだわが子に愛撫も授乳も出来ないことがあるといわれています。生まれながらに持っているといわれる「本能」も、育てられ方でどのようにでもなってしまうものといえるのです。

 野生の仔は野生の中でしかまともに成長はできないと考えるほかありません。

 ひるがえって、人間の世界ではどうでしょうか。何の不足も無く思いのままに育ってきたと考えられている現代の若い親たちが、いとも安易にわが子を虐待し、―殺す―という、人として最大の罪を犯してしまう報道が、毎日のようにTVや新聞を賑わせています。

 そのやり口というのが、乳飲み子が泣くので猿ぐつわをさせたとか、ケージの中に閉じ込めていたらぐったりしたとか、食事も飲み物も与えないでいたら死んでいました、などと簡単にコメントしているのです。これが果たして、人間のすることでしょうか。私なんぞは他人の子どもでさえもらって帰りたいと思うほど、幼児はみているだけで心がほどけてきます。そんな「いとしい」という思いさえ無いままに親になってしまった親がいるとしたら、その親をどう育てればいいのでしょうか。
 
 野生動物には決して負けない「ヒトの本能」が育つ教育を、今一度考えてみたいものです。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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