広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成27年12月号 

★人権さまざま★ 128

   人間が人間らしく生きていくための、基本的自由と人権は、アメリカやフランスなどの人権宣言をもとに、今や世界になくてはならない権利として尊ばれ実践されています。しかしながら、この考え方が国境を越えて世界の考えに発展していくためには一五〇〜二〇〇年の経過が必要でした。そもそもアメリカやフランスでも、限られた人だけが(白人と呼ばれた人々だけが)持つことの出来た権利でした。それが世界に広まっていくためには、同じ思いの国々が、きちんと約束を果たす為の条約を結び、議会が批准するという手続きがなされなくてはなりません。単なる宣言の受諾ではなく、法律として国民に納得させ、なお且つ国連に約束しなくてはならないのです。

 わが国を考えてみましても、国民のものとして憲法に記載されたのは、いくつかの戦争を経て、その上に敗戦という悲惨な状況を体験して、やっと獲得できた考え方でした。二度と人の命を虫ケラのように扱われる時代には戻りたくないという、痛切な願いの元に漸く手に入れたものなのです。それが、たとえ戦勝国から押しつけられたものであろうと、今ある人権感覚や知識を、後戻りさせてはならないと国民大多数は考えているはずです。

 世界を取り仕切っている国連ですが、各国の異なる人権観が対立し条約作りは難航をきわめました。また、世界大戦後に、相次いで独立した国々の多くは経済的基盤も整ってはおらず、たとえば教育や社会保障など、予算がなければ保障できない多くの権利を、ただちに完全に実現できる状況ではありませんでした。その結果、世界人権宣言の諸権利は、内容によって「経済的・社会的・文化的権利」に当たるものと、「市民的・政治的権利」に当たるものと二種類に分けられ、それぞれ別個の条約にならざるをえませんでした。一言で人権といっても、数多くの人権問題に分類されて、全てをひっくるめて「国際人権規約」と呼ばれているのです。因みにわが国が二〇〇五年までに批准・加入している条約は、 条約となっています。これは自国民のみに限らず、自国の領域に住む人すべての人に条約の権利を保障したものとなり、世界に約束をしたことを意味しているのです。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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