広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成27年10月号 

★人権さまざま★ 126

   この夏の暑さは格別でした。
 
 照りつける太陽に逆らうこともできず、心身共に喘ぎながら、テレビばかりを見て過ごしました。八月は、暑さ以上に悲しみが甦る月でもあります。
 
 敗戦から七十年。お盆には、ご先祖や、戦いに散った方々、不慮の災害などで還らぬ人となった多くの魂たちが、わが家に戻ってくるといわれます。私共の集落でも10名を越える人々が鬼籍に入り新盆を迎えました。
 
 毎年のことながら広島、長崎の惨劇には涙が溢れます。原爆に全身を灼かれた少年少女の大半は、私と同年輩の人たちです。
 
 爆心地近くで被爆しながら、今も苦しみを生きている人々には、いつも言葉を失います。
 
 そんな画面の中に、さらに、思いがけないショックもありました。爆心地から1キロも離れていない場所で、生き残った聾唖(ろうあ)の人が、あの惨劇が原爆だったことを、何日も、いや数年間も知らなかったというのです。
 
 私は愚かにも、原爆を知らない日本人などはいないと思っていました。しかしながら、耳も聞こえない、口もきけない人たちのことは、今まで想像さえもしていないことでした。
 
 別の番組では、生まれついての聾唖ながら、すごい女性のいることも知りました。大橋弘枝さんという名の女優です。この方のあくなきチャレンジ精神に、心からの感動を、与えてももらいました。
 
 聾唖の身で、普通学校に通学、(当然苛めに合い)、高校卒業後は、単身イギリス留学、帰国後日本の短大を卒業、日本語はもちろん、英語、韓国語、スペイン語などをマスター。一時、外資系一流企業に就職しますが、女優を志し、自身の著作『もう声なんかいらないと思った』を舞台で上演し、第七回(二〇〇〇年)読売演劇大賞を受賞、平和を、人権を、今も舞台から訴え続けているといいます。
 
 彼女をもっと詳しく知りたいと思い、著書を県内書店に訊ねましたが何処にも在庫はなく、上林暁館を通じて県下の図書館も調べて戴きましたが、見つかりません。今は東京の古書店で捜そうと考えています。(ご存知の方はぜひ教えて下さい)。
 
 すでに出版社でも絶版という大橋さんの著書を捜し出すことと、その舞台姿を一目でも見てみたい、それが私のこれからの夢のひとつになっています。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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