広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成26年6月号 

★人権さまざま★ 110

   高齢者社会のすぐれた点を連載してきましたが、今回五点目でひとくぎりといたします。

 昔から日本では子どもが老親の面倒をみることが当たり前だとされてきました。(よその国々でも基本的にはあまり変わることはないでしょうが)、実際にはそれが簡単ではないことになってしまいました。そのため、家族の在り方や社会の考え方を根本から見直すきっかけともなったのが今の時代です。

 高齢者社会ということは、親が90歳台ともなれば、わが子も70歳台、共に老人の仲間入りになるはずです。

 ひょっとすると、子どもの方が親よりさきに介護などを必要としている家庭もあるかとも考えられます。全ての人がこぞって子どもの世話を受け、幸せな老後を迎えているかどうかわかりません。また、子どもは子どもで、生きることに精いっぱい、しかも遠く離れた都会と田舎に別々の所帯で暮らしていれば、とてもじゃないが親の面倒どころではないのが現実でもあります。そうなると、私どもの老後は他人の子どもたちのお世話を受けることが必要となります。わが子だけのことを考え、わが子一筋に資本をつぎ込み、愛情を注いできたのでは成り立たなくなってきました。今までは、そっぽを向いてきた隣の子どもにこれからは厄介をかけることになります。極端にいえばわが子よりも隣の子どもを可愛がることが大事となったのです。でもこれは決して惨めでマイナスの状態ではありません。むしろ社会を社会たらしめるプラスの考え方になるのではないかとも思えます。このように、他人同士でも助け合わなければ生きられない社会の中にいることが理解できたのも長生きのおかげなのだとはいえないでしょうか。

 そういえば子ども時代にきいた昔話は、そんな考え方を知らず知らずに教えられたようにも思います。桃太郎もかぐや姫も、おじいさんおばあさんが大切に育ててきたのは「他人の子」だったのです。福祉活動という難しいことをいわなくても、お伽話の爺・婆の心を持つことの大切さを、日本民族の心として伝えてきた話ではなかったでしょうか。単なる口先だけの敬老や他人への愛を教えてきたのではなかったことを改めて考えてみる社会に私たちは生きているといえるのです。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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