広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成26年2月号 

★人権さまざま★ 106

   人権という言葉を全く知らないで育った私たちでも、賎称語(部落の人や障害者を蔑む言葉)はゼッタイに言ってはならないと小学校で教えられました。同時に、幡多方言も下品だからダメだと禁止されました。不用意につかうと、いつも首にぶら下げている「言葉カード」を「チュウイ」と言ってとりあげられました。カードが減れば減るほど言葉遣いが悪かったのだと評価されたのです。中村でつかう幡多弁(中村弁、西言葉とも)、たとえば、ワンダラ・オンダラはダメ。キミ・ボクといいなさいと強制されました。 つまり、東京中心の標準語が最高だったのです。

 大人になって後も高知方面にいくと、「ハタじゃね」と嗤われました。今になって考えると、あんなに嫌われた幡多弁の中に、かけ替えのない言葉が潜んでいたと気づかされます。

 私は学校教育目標に「くう・ひる・ねる、を大切に」という表現をしました。賢い先生なら、「基本的生活習慣の確立」とするはずです。あるエライ方が、「下品この上なし」といったそうですが、子どもたちには人気で、勝手に節をつけてうたっておぼえてくれました。「よくわかる」という親もいて効果抜群だったと自画自賛しています。

 わが国は「言霊の幸ふ国」といわれ、コトバ一つひとつに魂が宿り、神と繋がっているのだとご先祖様は伝えてきました。(悪口や出放題なこと、縁起のわりいことを口にすると、自分がそのとおりになるぞ)と爺や婆の口ぐせでもありました。

 「綸言汗の如し」と中国から伝わった格言も大切にしました。「天子の言葉は汗と同じで、出した以上は元にはかえらない」というのだそうです。

 言語は、それを使用する人が10万人を切ってしまうと滅びるとも言われます。旧幡多郡には今それだけの人がいるのでしょうか。

 このごろめったに聞かれなくなった言葉も多くあります。『クソビー=元気な幼児、アイサン=兄、オヂンバ=老夫婦、カマナヤ=炊事場、ヌワ=庭、モギ=麦、ワラジョク=藁仕事、トコバル=寝る、スイロ=風呂、便所、ノーシ、……など』

 先人達が遺した幡多弁は消滅する運命でしょうか。ほろびると元にはなかなか戻りません。ふるさと語をなんとか守り続けたいものと私は考えています。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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