広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成25年11月号 

★人権さまざま★ 103

   小学生の頃父と入ったランカの食堂(現一条通り)で、顔中擦り傷だらけのオンチャンをみました。天神様の森(現市役所)でシバテンと一晩中相撲を取って負けたとくやしそうに、でも楽しそうに話していました。

 こじゃんとたまげました。そういえば近くの小川にもエンコが棲んでいて、子供や牛や馬までひきずりこまれるというのを児どもらは信じていました。

 教員になって数年後、山の村に赴任すると狸や狐に化かされた人にも出合いました。

 同和問題も、差別は当前だといわれていました。問題の本質を県の指導主事から教えられた時、天地がひっくり返るかと思ったものでした。地域だけに任したのでは何ともならん、オレの手で解決してやるなどと、村の青年団員と雑魚寝しながら、息巻いたこともありました。

 教育委員会勤務となって同和問題と格闘する十数年を過ごしました。そこにはあらゆる差別が総合してつみ重なっていました。が、同和地区外にも差別はごろごろ転がっている状況でもありました。そんな中に特別な家系が差別されていることも知りました。

 狐や狸に化かされたりすると、祈祷師に頼んでお祓いをしてもらう人も実際に目にいたしました。テレビ放送でみた恐山の口寄せの巫女=イタコ、そっくりです。ところが、その巫女が、(これは狸ではない、蛇だ、)などと口走ります。

 地域には、蛇や猿、犬などの霊を祀る家があって、(その霊が憑いている)というのです。そんなことが度々あると、「あの家は蛇神(犬・猿)を使って人を呪うとか、病気にさせる家柄だ」などと、まことしやかに伝えられているのでした。

 文献によれば、京都の貴族達が、動物の霊を使って誰かを呪詛することができると考えたのが、事の起こりのようです。この「蠱術」と呼ばれる陰湿なやりかたが、街中に悪宣伝され、特定の家筋を差別していったようです。西日本の各地に今も語られているそうですが、中村周辺では一條氏と共に伝えられたとも聞いたことがあります。

 今の時代にこんなことを本気で信じている人が市内にいるはずはありませんが、あの山村でも今はほとんど聞かれなくなっています。とても喜ばしいことだと思っています。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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