広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成25年5月号 

★人権さまざま★ 97

   わずか半世紀余りも前のこと、敗戦によって今まで知らなかった外国のことが、少しずつ分かってきました。

 日本では子どもの数が多すぎるというのもそのひとつです。苦しさの原因は子どもでした。

 生めよ増やせよとは、戦争をする為に若者がほしかったからで、子どもさえ少なければこんなに苦労をすることも、貧乏することもない。痛い思いをしてまで子どもを生む必要もない。豊かな先進国になるためには子どもを減らそうではないか。

 産児制限が、制限無しに宣伝されることになりました。何のことはない、戦時中の逆のことをすれば、独りでに豊かになって行くはずでした。

 貧しさから抜け出すために、先立つものはカネ、子どもはいずれまた、ゆっくりと、ほしければ作ればいいと考えました。

 ふと気がつくと、いつの間にか周囲に子どもの姿が見えなくなっていました。

 一方で、ゼニ・カネ心配無しに育てた子どもは、申し合わせたように、かわいく、美しく、どこの家の子と比べてもうちの子がいちばんでした。親は、全員が親ばかになり、わが子のためならと心を砕きました。

 親たちはいつか、子どもも同じくらい親を思っていてくれるものと思い込みました。

 「親の心子知らず」とは、よその家のためにあることわざで、うちの子に限ってそんなことは絶対ないと信じました。

 ところがそんな育てられ方は、子どもには負担でした。〈うるさい、放っちょいてくれ〉と、バチあたりなことを平気で言う子になってしまいました。

 もともと、親はありがたいものだと思う心は、子には親の半分もないことが普通なのです。「子孝行」の言葉がないのは、親は子に対しては、ブレーキがきかないためで、「かわいい子には旅をさせよ」などと、手放すことの方を奨めているくらいなのです。「子孫に美田を残さず」の言葉も、カネが出来たら、じっとしていても楽に暮らせるのだ、と考えている親たちへの警告であろうと思います。

 先祖たちが汗水流して山野を美田にしたように、これからの国を美田に仕上げる子どもたちが、小さな学校が満たされるくらいの数は何とかいてくれないものかと、四月はまたも子育てのことを考えてしまいました。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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