広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成25年2月号 

★人権さまざま★ 94

   学校でのイジメが10万人を超えたというニュースに驚いたのも束の間、最近は14万人超と公表され、しかも、隠れイジメは20万人以上だと聞かされると、子育てから卒業している私でも身震いがいたします。いつから子どもたちはこんなことになってしまったのでしょうか。

 昔だってイジメに類する事柄はゴマンとありました。しかし、昔と今では明らかに違っていることがあります。一番の違いは、世の中の仕組みの違いと、子ども世界の仕組みが、大きくずれていることではないかと思います。

 昔の大人達には、こんな時はこうする、(または、こうしなければならない)という共通の規範が、伝統的に存在したように思います。それゆえ、どんな家庭でも、一応はそれに従わなければと、どの親も心していたもののようでした。社会通念というか、家庭基盤というか、そんなものを大切にしていた大人が存在していたのです。

 子どもの世界も同じくです。大した遊びがあったわけではなく、野球のルールもサッカーもしらない時代でしたが、子どもの自主は、子ども自身が守る気概がありました。たとえば、弱い者には手を出すな、マイッタといえば手をひく、……といった種類のことです。

 それは、建前でなく本気(本音)でそうしなければならないことを、少し年長の者が示してくれました。その子を見習って、おれもあの年になればそうしたいと心に決めたものでした。そこには、真に尊敬する先輩が、それぞれに存在したということでした。

 だから本気で「あの兄ちゃん(姉ちゃん)のような人になろう」と、憧れの先輩と行動を共にしたものでした。今は交わる友人も少なく、付き合うのはせいぜい同学年世代で、どれもこれも似たり寄ったり、生まれた時からくっついている間柄ばかりです。「憧れの先輩」がなかなかみつかりません。

 これらの克服のために、かつては文部省直属で少年自然の家とか、青年の家などが創設され、未知の人やちがう世代との交流を目指したものでしたが、これらの施設利用はどうなっているのでしょうか。初めての世界で、未体験の冒険をさせることの大切さを、教育界がもう一度声に出して欲しいと願うものです。

 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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