広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成24年12月号 

★人権さまざま★ 92

   日本ペンクラブは、8月 0日、専修大学と共催で「脱原発を考える会」をもちました。

 原発存続の是非については、政治・経済の分野なので、私には触れる能力をもちあわせておりません。しかしながら、当日、チェルノブイリ原発の視察報告がなされ、余りにも衝撃的内容でしたので、今回はそれを取り上げてみたいと思います。

 その原発は今から 年前の4月26日大爆発を起こしました。一瞬のうちに原子炉が破壊され、火災が発生、消火のために総計5000トンの砂や鉛がヘリコプターで投下され、1 日後、ようやく火災は収まりました。(この事故により、約8000キロも離れた日本でも、野菜、水、母乳などから放射能が検出されたというニュースが流されました。)

 原発から35キロ離れたプリチャチ市は、当時5万人の人々が住んでいたそうですが、今は廃墟になっています。原発を中心に 0キロ圏内は今も立ち入り禁止区域で、家一軒見あたりません。建物も何もかも土に埋めてしまったといいます。汚染により、500以上の町や村が地図の上から姿を消しました。

 ウクライナ政府の発表によると、放射能健康被害者は230万人に及んでいるといいます。

 ある若い母親の2人の子は、長女は頭に瘤がついて生まれ先天性筋肉マヒ。長男は発達障害、母親はガンに苦しみ、父親は耐えきれなくて飲んだくれになったという家の報告もありました。今も増え続ける子供たちの甲状腺ガン、奇形児の出生は、めずらしくないそうです。

 被災地を逃れてきた人々の中には、新しい地域に馴染めず、元の居住地に戻ったりする人もいて、彼らはサマショール(わがままな人)とよばれ、差別を受けているといいます。

 そんな廃墟の場所を見たいと、わざわざロケをしたり、観光地として売り出したりして、被害はますます増えているともいわれます。目には全く見えない現象が、僅かたった一カ所の爆発事故で、4分の1世紀もつづく現実に、身の毛のよだつ思いで聞いたことでした。

 この文章は、視察団のひとり中村敦夫さんの報告をもとにしましたが、全てを纏めきることはできませんでした。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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