広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成24年9月号 

★人権さまざま★ 89

   スポーツの祭典ロンドンオリンピックも世界中の注視の中、無事に閉幕いたしました。だれがメダルをとれるか、日本選手の成績はと、はらはらどきどきの連日連夜でもありました。

 楽しい大会ではありましたが、過去には各国の利害関係が剥き出しにされたり、政治に重きを置きすぎたりなど、隠さなくてはならない出来事も数多くあったように思います。

 一九三六年のベルリンオリンピック記録映画『オリンピア』は、あの悪魔のナチス党を率いるヒットラー宣伝の為に作られたものだといわれています。

 ワーグナーの交響曲をバックに世界初の聖火リレーが始まります。火のトーチがランナーに次々リレーされ、十一万人収容の競技場まで繋がっていき、祭壇に点火、大群衆の歓呼に応えて立ち上がる独裁者ヒットラー。その後まもなく彼は、民族浄化を旗印に、数十万のユダヤ民族の殺戮が始まるのです。

 日独伊三国軍事同盟に参加していた日本は、一九四〇年、アジアで最初のオリンピックが、東京で開催される手筈となっていました。しかしながら世界を混乱に陥れた世界大戦で、開催される事はありませんでした。

 一九六八年、メキシコオリンピックは、学生運動に参加した若者達を撃ち殺すというやり方で大会に備えました。

 一九八〇年、モスクワオリンピックでも、開催に抗議した男性が赤の広場で焼身自殺をしました。その場面を撮影していたニューヨークタイムズの記者は、フイルムを取り上げられて焼却され、何人かの旅行者も同じ目に遭いました。事件は闇から闇に葬られる筈でしたが、一人の旅行者が木の陰から撮影。その唯一の写真が、世界に公表されることになりました。当時のソビエトは、アフガニスタン侵攻で、アメリカも日本も大会不参加のまま、強行されたオリンピックとなりました。

 前回の北京大会も、チベットの民衆蜂起を中国政府が武力で弾圧、聖火リレーも無事に通過できるだろうかと世界の世論が注視したことでした。

 スポーツ精神何処吹く風で強行されたそんな大会を振り返り、歓びに浸りきれない立場の人も少なくなかった歴史も忘れてはならないと私は思います。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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