広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成24年7月号 

★人権さまざま★ 87

   ワイシャツやTシャツのすそをズボンに入れないという服装にも、少しずつなれてきました。はやり初めのころには、なんとも違和感があり、「あんなだらしない格好はゼッタイしたくない」と思ったものでしたが、今では自分からすすんでやっています。「勝手なもんだ」ともいえそうです。

 自分流が身についていると、目先の流行に中々のれないのが老人の特徴でもあります。そのためいち早く取り入れた若者共をみると、へんに戸惑いを覚えてしまいがちになるようです。

 いまだになじめないのが、また下までバンドを下げてズボン(今はパンツというらしい)をはく若者たちのやり方です。「もうちょっとヘソの上まできちんと上げろ」と思わず怒鳴ってみたくなります。どうしてこんなやり方を始めたのでしょうか。

 もともとはアメリカの刑務所からはじまったスタイルだと言います。あそこで支給されるユニホームは大きく、その上、自殺を防ぎ、また武器として使用されないようにベルトは支給されません。そのスタイルが口コミやビデオを通して伝わり、やがて権力への反抗スタイルとなって、世界中に広まったそうです。当然ながらこの服装への反対意見は少なくないらしく、州によっては条例で罰則を設けて禁止した所もあるようです。また、わいせつ条例を厳しくして、ジーンズ、ミニスカート、ロングヘア、ピアスなどに目を光らせているともいわれます。

 一九四〇年代流行した、ひざまで届く大げさな上着と、すそを括っただぶだぶズボン〈ズート服〉は、ヒスパニックの若者たちが好んで使用し、それに反発した水兵たちが殴りかかり、服が路上で焼かれるという事件までおこしたそうです。

 確かに目に余る服装は気持ちの良いものではありません。けれども考えてみてください。私の中学生時代は、細い足に脚絆を巻くことが強制されました。

 筋肉のまだ発達してない子供の足に巻いた脚絆はすぐずり落ちて、見付けられると、「たるんでいる」「非国民」としかられ、たたかれたものでした。

 その姿の強制が幾百万の国民を戦いに駆り立てていきました。服装が自由に決められる今の時代が幸せだと思わなくてはいけないのかもしれません。

 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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