広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成24年4月号 

★人権さまざま★ 84

   寒さがひとしおだった、この季節にも、少しずつ春が近づく気配です。街にでると真新しい制服を身につけた少年少女の、誇らしげな表情に出合って、唇もついほころんできます。本人の希望通りの進学ができたのでしょうか。それぞれがこれからの幸せをぜひ勝ち取ってほしいものと念じています。

 私にも、制服に憧れた時代がありました。金色の七つボタン、桜と錨がデザインされた予科練と呼ばれた若き飛行士の服装でした。また、見習士官とよばれた軍服姿や菱形の角帽をかぶった大学生にも、胸をときめかせたものでした。

 いつかあの人達のように、さっそうと胸を張って歩き、世のため人のために命をかける人になりたいと思ったものです。 制服にはいつの時代にもどこの国にあっても人の心を揺さぶるものがあるようです。

 アメリカでは、軍服(制服)を礼賛する風潮が九・一一テロ以後に特別に増えてきたと、昨年のニューヨーク・タイムズに掲載されています。

 ーベトナム戦争に敗北し、アフガニスタン戦の泥沼化などで、傷ついた帝国の面目を取り戻すには「ヒーロー」が求められている。「戦士」「英雄」「使命」「勇敢なる若い男女」……などの言葉を使いたがる傾向が今あるのではないかー、と論文の著者ウイリアム・デレシュークズは書いています。

 制服というものには(中でも軍服には)ヒーローの要素が多分に込められているように思います。

 勇敢さと無私の心、勇ましくて意気高く、漫画やアクション映画を見るような雰囲気をもっています。戦火から少女を助け出した海兵隊員、井戸から子供を救い出した警官、ハドソン川に巧みに着陸し乗客の命を救ったサレンバーガー機長の見事さ……あの制服やユニフォームの眩しさは感動をよびました。

 でも、いつか見たあの世界大戦のニュース映画、雨の国立競技場に数千の学生たちが、制服に銃を担がされ軍靴をそろえてびしょ濡れで行進した姿は今も涙と共に思い出します。

 ヒーローの必要はない。みんなが普通の人になってほしい、そう願いながら、街の若者たちの背を目で追ったことでした。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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