広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成24年3月号 

★人権さまざま★ 83

   歴史家たちは、人々が集団で暮らし始めた頃の家族は母権社会であったと言っています。

 母権社会とは、説明の必要もないとは思いますが、家族の中心に母親がいるということです。それがいつの間にか父権社会に変わってきます。当然、地域によって違いがありますが、ヨーロッパでは今から六千年くらい前に変化したといわれています。しかし日本の父権制度は、歴史がきわめて浅いのではとも思われています。つまり日本は長いこと母親に権力のある社会だったのです。

 大野晋の「日本語の成立」を読むと、南インドのタミル語が、三千年ほど前に稲作や金属使用、機械、神という考え方などといっしょにやって来たと書かれています。同時に、南インドの恋愛や結婚の習俗も伝わってきます。

 世界最古の詩歌集『万葉集』で解るように、古代日本では「妻問い婚」で、男が女の家に通う習わしでした。結婚式はみな妻方で行われたし、不動産などは母から娘へと相続されました。訪問婚だから男が来ないときもある。すると女が怨んで五七五七七の詩を作る。これがみなタミル地方にもある風俗と同じなのです。文明や文化というものはセットで伝わって来ます。敗戦後のアメリカ英語、ローマ字、ジャズ、映画、テレビ、チューインガム、プロ野球、民主主義、言論の自由、基本的人権、性の自由化、ポルノ解禁など、この半世紀にわたって、日本に届けられた先進国文化の経緯と全く同じことと合点できます。

 応神天皇の頃、百済の王仁によって漢字が伝えられ、中国文化も押し寄せてきます。貴族たちは競って漢字文化を習得していきますが、女性たちは漢字から変化した「仮名文字」を使って文章を創ります。『源氏物語』は父権社会的な貴族制度の中にあって、なおまだ母権社会が続けられている証拠とも考えられる物語です。

 日本が父権社会になるのは、武士の社会が出来た頃と考えられていますが、それでも一家の大黒柱の横には堂々たる母親が存在し続けたのが日本だったようです。母権社会は現代も揺るいでいない風にも見えますが、あなたのご家庭は父権?母権?どちらでしょうか。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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