広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成24年2月号 

★人権さまざま★ 82

   大昔、この日本列島に棲みついた私達のご先祖様は、大自然をたいへんに気にかける人々だったようでした。一本の草や木、小さな虫にまでも神が宿っていると考えました。

 遠い天空から熱や光を送ってくる太陽を最高の神としてあがめ、光や風や雨に多くの豊かな恵みを受けているのだと感謝の念を抱いていました。ところがこの豊かさをもたらす大自然も、ひとたび怒りだすと最大の破壊力で人間を懲らしめる神に変わるのです。そのため人々は、木を一本切り倒すのにも、土を掘り起こすのにも、神の赦しを乞わねばなりませんでした。

 諸外国の神は、砂漠の中から生まれました。広漠たる荒野を克服しなければ生きてはいけません。神は人々に自然を克服して、造り替えるように手助けをしてくれていると考えました。そこには万能の力を持つ一人の神が存在していると考えたのでした。単純に結論づけるのは避けなければなりませんが、そんな精神世界の差異が、文化の違いをもたらしたのだともいわれています。

 日本の神は、幸せをもたらすと同時に不幸にもさせてしまう「善と悪」の両面を持っているとも信じられてきました。神を、何とかして怒らせないようにしなければなりませんが、神が怒る時は原因がありました。「誰かに罪をなすりつけて追放したり殺害したりすると必ず仕返しの神がやって来た」のです。

 奈良や京都に都が置かれていた頃は、政権から地位や生命まで奪われた者が雷や鬼になって、国中で大暴れしました。

 たとえば、大和に滅ぼされた、出雲の大国主命や蘇我氏をはじめ、平将門、菅原道真など、挙げれば果てがないくらいです。

 中でも、博多に流されて死んだ道真は雷神に変身して、貴族の屋敷や御所にまでも落雷し、彼を陥れた者たちの命まで奪い去っていきました。暴れる神を鎮めるため立派なお社を建てて祀らなければなりません。京都天満宮はそうして誕生した、と伝えられています。現代人なら子どもでも知っている自然現象に、臑に疵もつ者共は雷の鳴るたびに生きた心地もなく暮らした時代もあったようでした。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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