広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成23年4月号 

★人権さまざま★72

   わが国には今もアイヌ民族とよばれる人々が住んでいます。

 アイヌという言葉は差別語のように聞こえますが、そうではなく、アイヌ語で「人間」という意味だそうです。ただ長い間にわたって和人(大和民族)から差別を受け、おとしめられてきたため、アイヌのかわりに「ウタリ」と言いかえるようになっています。ウタリとは「仲間あるいは同胞」を意味しますが、わざわざ「ウタリ民族」と言いかえなくてもよいと思います。

 大和民族は黄色人種と分類されていますが、アイヌはちがうのではないかといわれた時代がありました。しかし同じモンゴロイドにはちがいありません。

 この日本列島に最初に文化をもたらしたのは、東南アジア系の人々で縄文文化をつくりました。その後に、主に朝鮮半島を経由して北アジア系の人々が渡来し、弥生文化を形成します。両者は近畿地方を中心に大々的に混血し、いまの大和民族の祖先になります。が、遠くはなれた「沖縄」と「北海道」では、混血しないままにすぎてきました。そのため、全く違う環境でありながら、列島の北と南に、人種的特徴(彫りが深い、多毛)が似ている人が存在することになったといわれています。

 大和民族は、近畿地方を中心にして政権の本拠地とし、南や北に勢力を広げていきました。南の沖縄地方は独自に琉球王国をつくりますが、後には薩摩の配下になり、大和民族に近づいてきます。

 一方、北の地方は蝦夷(エゾともエミシとも)とよばれ、征服されたり差別に苦しめられてきました。都から遠く離れた東北や北海道は独立国の気運が強く、何度も反乱をおこします。それゆえエミシもエゾも「野蛮人」の意味でよばれました。

 蝦夷とアイヌは同じかどうかは専門家も、断定できてはいませんが、この地方で、生活様式も文化も言葉も、全くちがった暮らしをしていたアイヌ民族の人々も、和人に追い詰められていきました。殊に徳川時代は松前藩の配下となり、人間並みの扱いを受けられなかったといわれます。 

(次号に続く)
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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