広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成22年4月号 

★人権さまざま★60
   真実の姿を知らないでいると、とんでもないことを無批判に受け入れてしまいます。
 おさない頃、キツネやタヌキは人を化かし、悪さをするものと教えられました。

 戦争も同和問題も、間違った解釈のまま何年も信じさせられてきました。同じようにハンセン病者に対しても、病気の実態も、患者の状況も全く知らないままに恐れてきました。

 ハンセン病は、長い間、最も忌まわしい病気であると国中が思い込まされてきました。日本医学の最高峰にいた医師たちが、私共に伝えてきた事柄は、憲法に違反し、基本的な人権を無視していたことを知ったのはつい最近のことなのです。

 2001年、熊本地裁の判決で国のとってきた隔離政策が、病者の人権侵害の最たるものであるとの判決がなされるまで、誰一人としてその実体を解き明かしてはくれなかったのです。

 ハンセン病と結核は、病原体が原因で、人から人に感染していくという点では似ている病気です。しかし、結核の発病率は感染者の10%であるのに対し、ハンセン病はわずかに1%。今の日本では0%といわれています。しかも直ちに命にかかわることはほとんど無く、隔離などという対策は全く必要なかったことが早くから分かっていました。

 隔離政策が始まったのは1907(明治40)年です。既に欧米では患者が激減していました。1931(昭和6)年、国は「らい予防法」を成立させます。全患者の強制隔離の始まりです。その後、何度となく、その政策を直ちにやめるべきだとの国際的な勧告さえなされてきました。にもかかわらず、方針を変更しないばかりかますます隔離政策を強固なものとさせていきました。

 施設は牢獄にひとしいものもあり、実名も名乗れず、拷問、断種、嬰児殺しさえ、外部に気付かれることのないまま何十年も経過してしまったのです。

 裁判により隔離政策は終わり「国」は謝りました。でもいまだに患者たちが、堂々とふるさとに帰れません。今度は私たち、一人一人が心から謝らない限り、患者たちの幸せは訪れては来ないのではないでしょうか。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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