広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成21年7月号 

★人権さまざま★51
   私の初めての海外旅行は、文部省(現文科省)派遣によるヨーロッパ九カ国の社会教育状況の視察でした。長い伝統文化と街のたたずまいに目を瞠るばかりの一カ月間、各国それぞれに忘れられない事柄が今も多く残っています。中でも鮮烈な印象は、ドイツ、ニュールンベルクでの七日間の滞在でした。

 この街は、先の大戦で世界を震撼させたナチス、ヒットラーの本拠地のあった所で、保守的な土地柄だと聞かされていました。しかしながら市民たちは、戦時中の負の遺産を拭うために、世界に向かって自らの道義的責任を果たそうとする姿勢がひしひしと伝わってきて、強く心打たれるものがありました。

 戦後数十年がたとうとしているのに、街には至る所に空爆のつめ跡がそのままでした。聞けば戦争前と同じものに復元しているとか。後何年かかるか市民にも分からないとのこと。日本ならブルドーザーで一挙に突きならすものを、元のレンガ一つ一つを積み上げる粘り強さにはあきれる程の思いでした。こうして古いものを遺すということは、過去を忘れないだけでなく、古い人々なども決して粗略にはしないという気風も植え付けるのだと教えられたものでした。ナチスの党大会を開催した巨大スタジアムは歴史資料館に造りかえ、人権の大切さを世界に示す殿堂に生まれ変わっています。街には「人権通り」と名付けた道路もあり、通りの柱の一つ一つに世界人権宣言が一条ずつ書かれ、26条は日本語で、「教育を受ける権利」が書かれていました。市民は朝夕の散歩中にも世界の人権を学ぶことができる仕組みになっています。

 車で行くと、歩行者の信号無視が多いのには驚きました。それでもドライバーは、そんな違法集団が通り過ぎるまでじっと笑顔で待つのです。ゼッタイに歩行者優先です。後になって、この街は「人権教育賞」を受賞したと聞きました。

 私は一週間、現地ガイドのミセス洋子に、シュタイナー教育の真髄を教わりました。帰国してからの現場実践にどのくらい役だったか知れません。
 もう一度行ってみたい街のひとつです。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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