広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成21年3月号 

★人権さまざま★47
   日本でも古代から最近に至るまでさまざまな形の人身売買が行われて来たことは、大方の人々がご承知のことと思います。

 大昔には「生口」とか「奴婢」とよばれた奴隷制度があったことが、魏志倭人伝とか古事記などの古い書物にみることができます。当時稲一〇〇〇束で売り買いした記録も残っています。

 江戸の幕府は人身売買は禁止としましたが、年貢上納のための娘の身売りは認め、性の奴隷ともいうべき遊女奉公は当たり前であり、男女を問わず「年季奉公」は制度として確立されていました。

 明治政府も児童を売ることを禁じ、娼妓解放令をだすなど幾度も禁令を出しましたが、完全廃止までには至りませんでした。芸娼妓契約とか養子に仮装した人身売買契約などの形で、古くからの習わしが消えることはありませんでした。製糸・紡績業が発達するに伴い、農村の少女たちが、わずかの前借金によって奴隷的状態にに置かれて苦しめられたことなどは、「あゝ野麦峠」という映画でも私たちの涙を誘ったのはついこの間のできごとでした。

 労働時間は十数時間で、牢獄のような寄宿舎での生活を無理強いされ、逃げ出した者は残虐なリンチを受けました。苛酷な労働条件のもと、当時は不治の病といわれた結核などで病死する女工も大変に多かったと伝えられています。

 日本で人身売買が全面的に廃止されたのは、第二次世界大戦後のこと。民主化政策としてふさわしくないとされた北海道のたこ部屋、九州炭坑地の納屋制度、前借り付きの年季奉公などは取り締まりの対象とされ消滅していきました。しかしながら、売春に関連する人身売買はさまざまな対策が講じられたにもかかわらず、今日まで何らかの形で存続してきているようです。

 昭和31年に売春禁止法がつくられ、33年4月に全面施行されてのちは、この種の人身売買は激減しましたが、警察庁の報告では、暴力団関連や外国人女性関連の人身売買的売春は現在でも全く後を絶ってはいないといわれています。日本のこれからに多くの課題を抱えていることを忘れたくありません。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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