広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成21年1月号 

★人権さまざま★45
   凶悪犯罪と聞くと、私はいつも一人の男を思い出します。

 本名中村覚。島秋人の筆名をもつ歌人です。昭和9年生、戦後満州から父母と共に新潟県柏崎市に引き揚げ、母はその疲労から結核で亡くなり、父からも教師たちからも疎んじられ、性格がすさみ転落の生活が始まります。強盗、殺人未遂、放火などで特別少年院や刑務所にも入れられます。昭和34年、飢えに耐えきれず、農家に押し入り、2千円を奪い、その家の主婦を殺します。当然の如く死刑判決を受け、暗い獄舎で己の過去を振り返ります。

 何一ついいことがありませんでした。口惜しさと情けなさに身もだえしながら、ある先生を思い出します。中学校の美術担当の吉田好道先生です。足蹴にまでされた教師たちのいる中で、吉田先生は「絵は下手だけど構図がいいね」と言ってくれたのでした。彼は先生に児童画を送ってほしいと頼みます。返信には絵のほかに奥さんの短歌が添えられていて、それは故郷の懐かしい様子を偲ばせる内容でした。心に沁みました。そのことから、短歌を作り始めます。

 「毎日歌壇」の窪田空穂選に投稿、「毎日歌壇賞」も受賞。刑死までの7年間に224首が入選、内80首が特選となります。
○たまはりし処刑日までのいのちなり心素直に生きねばならぬ
○処刑受けお詫びとなさむ心ぬち生きたき思い日々あり悔やむ
○愛に飢えし死刑囚われの賜りし菓子地に置きて蟻を待ちたり
○手のひらの小さき虫がくすぐりて死刑囚われに愛を悟らしむ
 彼は深く悔悟し、何とか被害者に報いたいのですが…、
○被害者に詫びて死刑を受くべしと思ふに空は青く生きたし
 死後、献体をして角膜を贈りたいと申請します。
○世のためになりて死にたし死刑囚の眼は貰い手もなきかも知れぬ

 死刑判決確定を知った歌壇のファンの手で歌集が企画され、絞首刑の後『遺愛集』と名付けて出版されました。歌によって真人間を取り戻したものの罪の重さは消えません。わずか33歳で断頭台の露と消えました。彼の心を土壇場で救ったのはたった一言の褒め言葉と認めてくれた人の存在だったのでした。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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