広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成20年8月号 

★人権さまざま★40
   さまざまな事件報道の中でも秋葉原無差別殺傷事件には日本中が震え上がりました。事件後は何十人もの専門家の解説を見聞きしました。最近では七月初め、産経新聞文化欄に漫画家のさかもと未明さんの論文が出ました。読まれた人も多いのではないでしょうか。私には少し気になる点がありましたので取り上げてみたいと思います。全文がわずか七百字程度の文章では十分に書ききれなかったのかも知れないと同情はしていますが、そのまとめにあたる部分

 『最近の男女平等教育は〈男性〉というものを制御し、伸ばす知恵をもたない。「中性的」なことを価値として、結局は骨抜きの男と、母親になれず優しさのない女をつくる。(中略)なぜいつまでもジェンダーフリーなどというものに拘泥するのか』と書かれています。

 男女平等教育とは多分現代の「男女共同参画社会」をさしているのでしょうが、明らかな誤解の上に論じられています。

 どう考えても「男」は「女」になれません。逆も当然です。そんな判りきった事を知りながら「男女共同参画」に馴染みたくないかのように見えます。そのうえ今では誰も使わなくなったジェンダーフリーという言葉をわざわざ使っています。私達が無くそうとしているのはジェンダーという「事柄」です。

 誤って考えられてきた男女の見方をやめようという意味に使用しているのです。たとえば、「男は仕事、女は家庭」また「男は逞しく、女は優しく」などとしてきた社会の仕組みを考え直そうではないか、ということなのです。「男も優しく、女も逞しく」も大切なのです。従来の考えを固執すると柔道のヤワラちゃんは誕生しなかったかも知れません。彼女の他にも男性を凌ぐ女性はゴマンといるはずですが、その人達が男になったなどとは聞いていません。

 集団でレイプをした大学生を「まだ元気があるからいい」と発言したり、女性を仕事場から追い出したりすることが当たり前の人間社会だとする考え方に異議を唱えるのが男女共同参画社会であり、真の男女平等を目指しているのだということを分かっていただきたいのです。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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