広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成19年11月号 

★人権さまざま★31
   私にとって昭和31年は、今も忘れられない年となっています。校内の研修会で、同和地区の成り立ちの話を初めて聞き、全身をぶん殴られたような衝撃を受けたからです。「オレは、ほんとうの事をなにひとつ知らなかった」という後悔で、「もっと深く知りたい」と、貪るように資料を読み、被差別地区に出入りし、村の青年団にも加入、リーダー達とも意見の交換も試みました。その頃はまだ教育界でも、同和教育をすすめる教師を異端視さえしている時代だったのでした。昭和40年、あの画期的な同対審答申が出され、同和問題は国民的課題といわれ、全国民上げて差別の解消に立ち上がり、私も社会教育担当として多くの研修に参加しました。そのころ、私たちをさして、「三タの指導者」という声を耳にすることがときどきありました。

 三つのタとは、「タテジワ」「タテマエ」「タニンゴト」のことで、講師先生が深刻そうに眉間にタテジワを寄せタテマエをまるでタニンゴトのように語り、聞き手もまた深刻な表情をして畏まって承るという研修のあり方を批判・反省して生まれたことばのようでした。

 人権を初めて学習するについては、どうしても事実と実態を知るためにはそんなやり方も必要だったとは思いますが、よく考えてみると、「自分の問題」ということがらが抜けおちているという傾向はなかったかとも思います。誰かの為に、差別を受けている人達のために…という態度が垣間見えていたのではなかったでしょうか。

 今はどうでしょうか。
 しょうがい者も高齢者も女性問題も子供のことも…、すべては「よそ」のこと、私とは余り関係ないが、常識として知っておかないと困るから人権の勉強もするのだと、思っている自分ではないのかと、たえずわが身をふり返っている私です。

 人権はいつも自分のこと、私のこと、です。人並みに知っておくためのアクセサリーではありません。「人権言うたら差別されてる人のもんやろ?」ある子供が親にそう聞いたといいます。あなたなら、どうこたえるかを、もう一度考えてみてください。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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