広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成19年2月号 

★人権さまざま★22
   昨年は、「いじめによる自殺」が連日のように報道されました。いじめには、人それぞれに理由が存在するとは思いますが、悪いのは、断じていじめる側にあります。誰かをいじめなければ生きられないという生き方は人間としてまことにはずかしい、獣の行為です。相手が完全に弱いとわかったら、動物でさえ手を引きます。弱いと分かればとことん攻めるのがいじめです。動物以下の行動と言わざるを得ません。数学者の藤原正彦氏は、日本人が大切にしてきた「卑怯」ということを、もう一度、教育の中に取り戻してと、著書の中で言っています。
 私も現職中にちょっと変わった「いじめ」問題にいきあたりました。
 山の村の小学校で、5年生の女の子の一人が学校に来なくなってしまいました。そのクラスは学校内でも極めて少人数の10名ほどで、仲良しで世話をやかさない人気の学級でもありました。それなのに、秋の運動会が終わったあたりから、一人の女の子が不登校になったのでした。明るいクラスの中でも、一きわ朗らかにみえる元気な子供でしたから、職員たちも原因に首をひねるばかりでした。が、その訳を探ってみて、たいへん驚きました。
 その子は保育園時代から女王のように友人たちに君臨してきました。ところが、5年生になると、今まで従えられていた子供たちが、一致結束して女王に反旗をひるがえしたばかりか、今までの恨み辛みの仕返しを始め、登校さえ出来ないほどの行動に及んだというものでした。
 校長としての私は、全ては自分の責任だと考えました。懐に辞表を入れて、年末の数ヶ月間、一晩も欠かすことなく家庭訪問を行い、冬休み明けまで続けました。もちろん教育委員会などには、一部始終を口頭のみならず文書で漏れなく報告しました。「それほどいちいち言わんでも」という、非難さえも浴びました。
 私の行動が全てを解決したとは、今も思ってはいませんが、たった一人の問題でも、絶対に許さない姿勢こそ、事件を防ぐ最大のものと今も信念は変わっておりません。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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