広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成19年1月号 

★人権さまざま★21
   ある日の雑談の中で、「儂は、人権々々いうのは余り好かん」と発言する方がおりました。真意のほどはよく解りませんが(権利の主張よりも義務も必要)という言葉のひびきが感じられました。このことがきっかけで、人権って何だろうと、改めて、考えてみることになりました。
 人権とは、「人間が人間らしく生きるために生来もっている権利」と私の辞書にはあります。
 また、いろいろな地域や団体などの人権宣言文の中には、「人間は、生まれながらにして、幸せに生きる権利をもっている」、とも書かれています。
 私は今、「老人」の一員で、身も心も、いわゆる「年寄り」でしかありません。それでも、「ああもしたい」「これも実現できたら」の願いを抱いて生きています。それがいくらかでも叶えられたとき、幸せだなあ、と思い、「もうたいがいでええろがよ」とか「その辺で止めちょけ」とでもいう者がいたら、「不幸」を感じてしまうにちがいありません。老人だって夢ぐらいもっていて悪いはずがありませんし、どの年齢、どの境遇にあろうとも同じではないでしょうか。そんな意味からも、人権とは「生きがいある人生を生きる権利」だともいえそうです。
 そんな私も、しみじみと「老い」を感じることもあります。老眼が進み、物忘れがひどく、手も足も若者ほどには活動してくれません。周りの人からは、気の毒に、可哀想に、とか同情もされそうです。今まで、思いもかけなかったことです。
 障碍をもっている人も同じです。「可哀想」といわれることを断じて望んではいません。
 ところが、世の中は健常者といわれる人を中心にでき上がっています。道路一つとっても、老人や障碍者が安心できる場所は、なかなか見当たりません。そうした場所で、介添えや同情も大切ですが、必要なのは自分の力で、安心して通行出来る仕組みなのではないでしょうか。
 考え直さなくてはならないのは、健常者の方なのです。
 幸せーの意味が人それぞれにあるように、人権も、一言ではいいつくせません。たえず問いかけ生きることーそれが最大の人権といえるかも知れません。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

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