広報しまんとコラム 「人が人らしく」  平成18年10月号 

★人権さまざま★18
   あなたは、命の値段を考えてみたことがありますか。いくらなら他人に譲れるでしょうか。一億、いや百億、一兆だったらどうでしょうか。だれでも即座に「ノー」と応えると思います。
 ヒトの体を造り上げている物質を分解してみると、次のようになるそうです。
 まず、タンパク質。鉛筆の芯が9000本とれます。次は燐で、マッチの先が2200本分、脂肪では安物の石けんが7個、鉄分で釘が1本、カルシウムがトイレの汲み取り口の消毒に撒けば1回分、マグネシウムがカメラのフラッシュ1回分、硫黄が犬の蚤取り粉1回分、残りが水分で、体重の約3分の2の量です。こんな物質をまぜあわせたものが人体を作っているわけです。いまこれだけの材料を店で仕入れるとしても、多分、千円札でもお釣りがくるのではないでしょうか。
 しかしながら、これらを手に入れて、どんなにこね合わせても、ヒトの生命を作り上げることは、もちろん不可能です。
 また、人間の司令塔である脳を、コンピューターでつくるとすると、最低300兆円かかると聞きました。一万円札を積みあげると富士山の299倍の高さだそうです。その脳は二十歳を過ぎると細胞が一日10万個ずつ消滅するといわれますが、心配いりません。百歳の人でもまだ五百年分の細胞が残っているのだそうです。
 昔はこの尊い生命体をゼニで売り買いしたこともありました。その代表格が、奴隷制度のあった時代、現在のお金にすると僅か16万円程度。遊女としての身売りが60万円〜100万円が相場だったといわれています。
 お金には換算出来ない人間の命。誰とも交換できない、宇宙でたった一つきりの存在です。
 人はどんな時でも誰はばかることなく生きていく権利を持っています。ところが、命を安売りしたり、粗末にしたりすることが後を断ちません。特に弱い立場の人ほど、そのしわ寄せが多い世の中のようです。勝ち組、負け組など、人間を色分けで表現することも見られます。一人一人が、かけがえのない命で、今を共に生きていることを忘れたくないと思います。
 
   四万十市人権啓発講師   
         山本 衞
 

▲ Back
Copyright Shimanto-City Office All Rights Reserved