昭和21年(1946)南海地震の震度
 昭和21年(1946)12月21日の昭和南海地震は、一番最近に起きた南海地震である。南海地震はおおよそ100年間隔で起きているが、昭和21年からすでに71年が経過しているため、そろそろ次の南海地震の備えをして置かなくてはならないだろう。南海地震には大きな津波を伴うと言われるが、中村を中心とする四万十市にとっては、津波と並んで地震による揺れに対する対策も重要である。
 この地震の翌年、東京大学地震研究所の金井(1949)は、当時の高知県の全市町村の倒壊家屋数を調査し、全家屋数に対する倒壊家屋数の比率の分布図を示した。金井の原論文の図では家屋倒壊率を50%以上、20~50%、5~20%、1-5%、1%以下の5段階に区分して表示されているが、これは現在の気象庁震度の7、6強、6弱、5強、5弱の5段階にほぼ相当していると考えられる。金井の原図はまた地理的にゆがみがあるが、これを修正して書き改めたのが図1である。図1を一見して判るように、高知県の東部にある町村ほど震度が小さく、西に行くほど震度が大きくなる傾向があることが判る。ことに四万十市の中心地の中村では震度7であったと推定される。中村は四万十川と後川の間に立地していて地盤が軟弱であったために揺れが強く表れたのである。

図1 昭和21年(1946)南海地震の高知県の市町村別震度


 昭和南海地震の震度の旧幡多郡内の分布を示したのが図2である。旧中村町で震度7であったほか、隣接する旧東山村、旧具同村、旧東中筋村でも震度6強の強い揺れが起きていた。震度7と言えば1955年の阪神淡路大震災の神戸市三宮での揺れ、あるいは2016年熊本地震の震源となった益城町での揺れの強さである。30年以上前に建てられた木造家屋が、ほぼすべて全壊した映像をごらんになった方も多いであろう。これらの地域では、昭和56年の建築基準法施行前に建てられた家屋に住んでおられる方は急いで耐震診断を受けられ、自宅の耐震補強工事を実施されることをお勧めする。
 また、図2で震度6弱であった所に住んでおられる方もできれば耐震診断を受けるのが望ましい。黒潮鉄道の入野と宿毛の間と、下田と土佐清水市の下川口である。震度5強、および震度5弱の場所では、よほど古い家でない限り、耐震工事までは必要ないであろうが、家具の固定、瓦屋根の見直し、などは行うべきであろう。

図2 昭和21年(1946)南海地震の旧幡多郡内町村の震度分布


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