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20mほど細道を入ったところに幸徳秋水の墓があります。
幸徳秋水は本名、伝次郎。明治4(1871) 年に中村の豪商、俵屋に生まれました。
幼少から秀才と言われ、明治20 (1887) 年に上京、林有造の書生となり、やがて中江兆民に師事、万朝報社などの新聞記者として活躍しました。
以降も社会主義運動に挺身し、『社会主義神髄』等数多くの著書を残しています。
明治44 (1911) 年、いわゆる大逆事件の首謀者とみなされ、死刑に処せられました。
近年、世界的な社会主義思想家としての評価を見直す声が次第に高まり、中村市議会は平成12年12月議会に於いて「幸徳秋水を顕彰する決議」を採択し約90年を経てその名誉が回復されました。
現在も命日にはこの地で墓前祭が行われます。
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