玉姫の墓
玉姫は伏見宮邦高親王王女で、土佐一条家第二代房冬の夫人です。大永元(1521)年降嫁のため土佐に下向しました。
夫房冬は 大永4(1524)年より上洛し、公卿として京都にとどまり、 天文6(1537)年帰国しているので、玉姫も同行した事と推測されます。天文10年房冬が没した後、同16年8月22日中村に没したと伝えられています。
玉姫の墓所は江戸時代に建立された常照寺跡といわれています。