四万十市史跡めぐり
一條基供養墓
一条房基供養墓

一条房基供養墓

 一條房基は土佐一條家第3代当主。父房冬、母玉姫の子として 大永2(1522)年中村に誕生。夫人は豊後(大分県)の大名 大友義鑑の娘。天文18(1549)年28才で自害しています。 墓は光寿寺にあった様ですが、慶長6(1601)年光寿寺は 廃寺となり墓の所在も不明になってしまい、後代、房基の死を悼む 人々によってここに供養の墓が建てられました。

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